遙かな道/ロングトレイル紀行

アクセスカウンタ

help RSS ペルー・マチュピチュ紀行

<<   作成日時 : 2011/08/29 20:53   >>

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

 マチュピチュに行きたいなと思ったのは、平成11年(1999年)7月にパキスタン・カラコルムに行った後だった。今はイスラム過激派のテロで怖い感じがするパキスタンだが、ナンガパルバットのメルヘンビーゼ、グルキン氷河トレックそして桃源郷のフンザと砂漠の先にオアシスが広がっている世界だった。夢が色々と広がって、世界中に行きたいところがあり、マチュピチュはそういう夢のひとつだった。12年ぶりに夢がかない日本の反対側で遥かに遠かったが、マチュピチュそしてペルーは期待どおり、素晴らしかった。

平成23年6月3日(金) 曇
 成田空港の集合時間を2時間も間違えてしまい、慌てて家を出ることになった。電車の中でヒャヒャのしっぱなしだったが、何とか1時間程の遅れて空港の集合場所に到着した。
 アメリカの入国手続きは厳しく、長い列が出来ていた。ツアー参加者の13人が全員集合し、リマ行きのチェックインをすると、オペレーション?の都合で飛行機の出発が12時間程遅れることになり、夜中の出発の為、ノンビリとヒルトンホテルで休むことになった。

平成23年6月4日(土) 晴
 今日は、ナスカの地上絵の予定だったが、半日遅れた為、リマの市内観光に変更になった。旧市街の中心であるアルマス広場、カタコンベ(地下墓地)のあるサン・フランシスコ教会を見学し、ホテルのある花の美しいミラフローレス地区の新市街を散策した。
画像
画像
画像


平成23年6月5日(日)  晴
 リマ(標高0m)から空路でクスコ(標高3399m)に移動。窓からは、アンデスの山々が迫力一杯に広がる。クスコ空港に着くと、直ちにマチュピチュに向けバスが出発する。途中、チンチェーロの峠(標高3762m)では、6000m級のアンデスの山々に囲まれたインカの聖なる谷(ウルバンバの谷)が目の前に広がっている。峠から下りたウルバンバ(標高2871m)のオープンエアのレストランでペルー料理のバイキングを食べた。
画像
画像
画像

 マチュピチュに行くには、オリャンタイタンボ駅(標高約2800m)から先は、道路がないのでインカ道を歩いて行くか、ペルーレイルの列車で行くしかない。氷河の山々と畑・牧草地の中を列車が走っていくとスイスの鉄道に乗っているような気分になる。1時間40分程乗ってマチュピチュ駅(標高約2000m)に着く。駅から降りると、ズラリとお土産屋が立ち並び、インカ風の織物や帽子などが色鮮やかなせいか、村全体が明るく元気に感じる。
画像
画像


平成23年6月6日(月)  快晴
 今日は1日マチュピチュ遺跡の見学。マチュピチュ駅から標高差400mのつづら折りの道の斜面をシャトルバスに乗って30分程でマチュピチュの入口に着く。周りは、ジャングルの樹林帯で囲まれ、遺跡があるように見えない。それが突然、歩いて数分で目の前に天空都市が出現する。色々なところで目にしていた風景にかかわらず、新鮮な驚きである。周りの人たちすべてが、感激の声をあげている。それは、エジプトのピラビットを見たときのあの感激を一緒だ。本当に来て良かったと思った瞬間であった。
 マチュピチュ遺跡は、標高2940mのマチュピチュ山(ケチャ語で老いた峰)と2690mのワイナピチュ山(ケチャ語で若い峰)との間の標高約2400mの稜線に天空都市があり、居住部分の都市部と斜面には段々畑がずっと下まで続いている。インカ帝国がスペイン軍に滅ぼされて、500年しか経っていないが、何故滅びたのか今も不思議のままなのだ。
画像
画像
画像
画像
画像
画像
画像
画像
マチュピチュ登山は、1日に入山できるのは400人と決まっており、朝5時前に並んで順番を取るが、運よく登山ゲート前に行くと20人分の空きがあり、急きょ全員で登ることになった。天を指すような急登を山頂まで往復2時間30分で、ひとりを除いて登頂できた。
画像
画像
画像
画像
画像


平成23年6月7日(火)  快晴
 今日は午前中、自由行動。朝の5時に起きて、レストランで朝食を取る。6時10分のバスに乗り、マチュピチュ山(標高2940m)を目指す。インティブンクに向かうインカ道の途中、段々畑の切れ目を右に折れて登っていく。マチュピチュ遺跡(標高約2400m)との標高差は約540メートルで、昨日登ったワイナピチュ山(標高2690m)は、北アルプス剣岳の感じで、標高差・距離は倍ちかくあるが、雰囲気は奥秩父のようだ。苦労して、8時50分にマチュピチュ山頂にたどり着くとアンデス山脈に囲まれ、感動の360度の大パノラマが待っていた。ワイナピチュ山から見たのとは逆方向からのマチュピチュ遺跡を遥か下に見ることができ、ワイナピチュ山を眼下にのぞむことができた。
 山から降りてから、昨日ワイナピチュ登山をした為、見ることの出来なかったマチュピチュ遺跡のうち、太陽の神殿、王女の宮殿そして水汲み場を見て回った。
画像
画像
画像
画像
画像
画像
画像
その後、ペルーレイルのビスタドーム号の列車とバスを乗り継いでクスコに戻る。

平成23年6月8日(水)  快晴
 クスコの市街観光。サント・ドミンゴ教会はインカ帝国のコリカンチャと呼ばれる太陽の神殿からスペイン人が黄金を奪い、その上に教会を建てたもので、カミソリの刃1枚通さないほど、緻密な美しい石組みが見える。
画像
画像
画像
画像

 クスコの街の中には、いたるところにインカ時代の石組みが残されていて、アトゥンミヨク通り沿いにある「12角の石」は、特に有名である。クスコ市街観光後、約7時間かけてプーノを目指す。途中、標高約4300mのララヤ峠を通過し、ホテルには20時30分到着した。
画像
画像
画像
画像


平成23年6月9日(木)  快晴
 プーノは標高3855mで、富士山よりも高く、3人が高山病の症状で医者の診断を受けた。出発前の添乗員の説明では、現地は大統領選挙の関係でストが続発し、ティティカカ湖(標高3890m)が中止の可能性があったが、何とかプーノに行くことができた。
 ティティカカ湖にあるウロス島はインカ帝国時代、インカの支配を逃れて水上生活を始めた人々が、今もインカ帝国時代と同じ生活を送っているという不思議な島で、トトラ(葦)で作られた人工の浮島である。ウロス島は自給自足の世界、音もなく、静寂の世界で、時間が止まったように人々は心豊かに生活しているように感じた。
バスでフリオカまで移動してからラン航空でリマに向かう。
画像
画像
画像
画像


平成23年6月10日(金)  曇
 今日はペルーの最終日、ナスカの地上絵を見に行く為、4時にホテルを出る。乾燥した砂漠地帯を走るパンアメリカンハイウェイを通って、ピスコ空港に向かう。ペルーでは、クスコ方面が晴れているとリマ地方は天気が悪いそうだ。残念ながら、今日は曇り空で、2時間ちかく待つが中々飛ばない。何故か他のバスが来たら、急に飛ぶことになった。セスナ機からは、灰色の砂漠地帯が延々と続き、30分程でナスカの地上絵に着く。30分程地上絵の上を飛んでくれるが、はっきり分かるものと、今ひとつだったものがあった。その後、リマを翌日の0時5分のラン航空で、ロスアンゼルスで乗継し、全日空で空路、帰国の途へ、成田空港には12日16時35分に到着。36時間の長い飛行機の移動は大変疲れた。
画像
画像
画像
画像

テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ペルー・マチュピチュ紀行 遙かな道/ロングトレイル紀行/BIGLOBEウェブリブログ